ぼう ろう せい がん
望楼からの誓願
プロローグ 〜野辺供養〜
まだ宵の口たというのに、ここだけはしんと静まり返っていた。それもその筈、無機質な石灯篭
に整然と並べられた墓石・・・とある寺院墓地なのだ。
「ここは落ち着くんだよな・・・」
そう呟きながら、一人の少年がまるで自分の庭のような気軽さで歩いていた。容姿はまだまだ
子供のままだが周りを包む雰囲気は大人のようであり、否やはりそのものか・・・妖怪という存在
はそういうものなのだろう。
しかし、何故ここへ足を運ぶのか。幽霊族の末裔である少年〜鬼太郎の妖力の源は、実は
あの世とこの世の境である弔いの場所が一番強いのである。今夜もまた、力を蓄えようと訪れて
いる所なのだ。
時々、鬼太郎の目の前をうっすらと存在感を漂わせながら、死者が通り過ぎる。特別に霊能
力がない人間には決して見ることのないもの。幼い頃より見慣れた光景に、彼は特段気にも留
めずに歩く。
いつもの場所・・・座り心地のよい、今にも朽ち果てそうな墓石の台座に腰をおろした。ここが
とても自分の妖力が回復されやすい相性が良い場所だった。
鬼太郎は、そっと目を閉じ仮眠を取り始めた。普段は神経を尖らせることが多いのだが、一人
こうしているだけで安らぐのだ。そして体力が満ちていくのを感じていた。
この間にも彷徨える魂は彼の間を行き来し、やや落ちつかない速さで何度も周りをうろついて
いるのである。
鬼太郎はふっとため息をついた。あくまでも仮眠の為、すぐに行動に移せる。徐に立ち上がると
再び歩き出したのだった。
* * *
やがて一番奥の慰霊碑に辿り着くと、しゃがみこんで嗚咽を漏らす少女の後姿が見えた。
今晩、一番気になる死者の魂だった。
「どうしたんだい?」
鬼太郎が背後から静かに問いかけると、体をびくりと震わせた。話しかけられるとは夢にも思っ
ていなかったのか、一向に泣き止む気配は無い。
「泣いているだけじゃ、わからないよ」
もう一度訊ねてみる。いたずらに刺激するのはよくない。経験上、ただ今はそっと話しかけるだ
けだ。辛抱強く待とうか・・・と数歩先に近づいた時、
「・・・私が、見えるの?」
少女はまだそのままの姿勢で、細い声で言う。
「ああ」
「貴方、誰?」
「僕の名前は『ゲゲゲの鬼太郎』時々ここへ用があって来るんだ」
鬼太郎が名乗ると、やっと少女はほんの少し頭を上げた。
「どうして、私のこと・・・」
「気になったから声を掛けたんだよ。いつまでもここに居ちゃいけないよ」
そこまで言うと、長い黒髪が激しく左右に揺れた。未練が断ち切れないのか・・・と思うとやはり
気になる予感は的中したようだ。
間近で話そう・・・とさらに距離を縮めようとする。が、
「来ないで!私を見ないで!」
涙混じりに少女は叫んだ。
「お願いだから、私を・・・私の顔を見ようとしないで!」
必死に両手で顔を覆いながら懇願する彼女のただならぬ様子に、鬼太郎はややたじろいだが
隠す何かがあるのだろうと哀憫の念が湧き上がった。
「君をけして悪いようにはしない。話だけでもきかせてくれないかな?」
ひたすら優しく話しかけると、やっと軟化してくれた。
「・・・私のせいじゃないのに。なんで私だけがこんな目に遭うの?」
涙のひいた声は、次第に熱を帯びる。
こういった彷徨う魂は必ず理由があるのだ。彼女にもまた大きな心の傷を負っているに違いな
い。
「君だけって・・・」
「あの時、逃げ遅れさえしなかったら・・・よりによって、顔の前に落ちてくるなんて・・・」
辛い記憶を辿りながら言葉を選ぶ少女を手助けするように、鬼太郎は霊力を高めると過去へ
時間を振り返らせる。
「そうか・・・もう話さなくてもいいよ。辛いこと思い出させてしまったね」
鬼太郎が見た風景。それは余りにも残酷だった。
楽しかった日々に突然訪れた不幸。両親、妹、そして自分。
心無い顔も知らない者の放火という卑怯な犯罪、巻き込まれ命を落とした・・・。
逃げる最中、燃え盛る家具の下敷きとなってしまった少女の無念をどう慰めればいいのか・・・。
「でも・・・こんな寂しい場所で泣いてちゃダメだ。少しでもいいから、笑って?」
もちろん簡単に笑えるわけではない。承知はしているが、このまま苦界に迷わせておくことなど
鬼太郎には出来なかった。
せめて、顔に出来てしまった火傷の痕を治してあげよう。少女の腕を軽く握ると
「大丈夫、僕は君に驚いたりしない。だから、僕の目をみて?」
ややあって、彼女はおずおずと両手を顔から離した。確かに焼け爛れてしまったが、澄んだ瞳
がとても美しかった。
鬼太郎は涙に濡れた瞳に目を合わせると、手を顔にかざし始めた。瞑目し、力を高めると徐々
に光を放つ。
「ああ・・・あったかい」
はじめて安らぎを得た柔らかな声で、少女は光の中に包まれていく。さらに笑顔がこぼれる頃
にはあれほどあった疵もすっかり生前のものへ癒されていった。
「これで、いいかい?」
にっこりを微笑む彼女の様子に、ほっと安堵する。きっとこれで障りも無く成仏出来るだろう。
「鬼太郎さんのおかげで、気持ちがすごく楽になりました。ありがとうございます」
もうここには泣きじゃくる魂の姿はなくなったのだ。
「良かった・・・きっと黄泉の国でも幸せになれるといいね」
鬼太郎の言葉に、少女は小さく頷いた。
「それにしても・・・貴方ってすごいのね」
「そうかな?」
「私・・・普通の男の子だと思ったのに」
意外なことを言われたか、鬼太郎は苦笑した。こんな夜中にふらつく子供など、人間界にはい
ないのだから。
「じゃあ・・・僕は行くよ」
これ以上の長居は他の死者を惑わすだけだ。そう思って、鬼太郎は振り返らずに帰っていく。
下駄の音を響かせながら・・・。