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 第2話



ここへ来てしまったのが間違いだったのか・・・ネコ娘はそう思わずにはいられなかった。決して鬼太郎に危機
が降りかかるなど、想像もしていなかった。
自分の所為なのだろうかと思いながらも、急いで一反もめんを呼びゲゲゲハウスへと戻ったのだった。


ネコ娘はすぐさま横丁にいる目玉の父と砂かけ婆を呼び寄せた。
祭りの後の和気藹々とした所へ告げるのは辛かったが、緊急事態なのだ。
父は、まさか息子に異変が起こったなど信じがたかったが、ネコ娘の悲痛な表情をみて納得するしかなかっ
たのだった。


寝具の上に寝かされている鬼太郎に、目玉の父はたまらず息子の頬を叩きながら名を呼び続ける。
すっかり血の気の引いた顔色、時折荒い呼吸で呻く彼の様子にネコ娘はいたたまれない心地で見守ること
しかできなかった。
「で、どうなんじゃ?鬼太郎は・・・」
眉を寄せながら神妙な顔つきで目玉の父は、脈をとる砂かけ婆に問うた。
「いや・・・これといって何も出来ない。今はどうすることも・・・」
「こんなに苦しがっているのに、何も出来ないとは・・・情けない」
自分を責めるように呟くと、鬼太郎の枕元でおろおろと回りを歩き回っている。
「ごめんなさい、親父さん。私が来てって言ったばっかりに」
「いいんじゃ・・・お前さんのせいじゃない。ただワシが何もしてやれんのが歯がゆいだけで」
原因も掴めぬ状態では、埒も明くまい。そう父が呟くと、砂かけ婆が意を汲んだように
「それにしても、ネコ娘。お主、地獄岩へ行った時に鬼太郎が倒れたといってたな?」
「うん。急に何かにとりつかれた様に・・・」
ネコ娘は、砂かけ婆に訊かれるままに答える。どうして?と首を傾げると
「すまないが、もう一度様子を見に行ってはくれないかのう。ネコ娘には反応がなかった、となれば鬼太郎
のことに関係があるような気がするんじゃが・・・」
確かに・・・そうかもしれない。しかし、鬼太郎の容態が気がかりで、即答出来なかった。
「ネコ娘!頼む!もうお前さんしか頼めんのじゃ」
目玉の父が必死になって頭を下げている。そう、今はじっとしていられない。
「分かったわ。行って来る!」
ネコ娘は力強く頷くと、足早に外へ飛び出していった。


          *          *          *


再びカラスの森へとネコ娘が向かうと、ほんの数十分前とは違う空気が漂い始めているのを感じた。
鬼太郎の異変と繋がるかもしれない。と思うとはやる気持ちを抑えつつ、地獄岩の側へと行ったのだが――
「おお、待っていたぞ」
「五官王様!」
そこで待っていたのは、地獄からの閻魔大王の遣いで来た五官王であった。最近では互いに助け合う関
係となって、大分打ち解けてきていた所だ。ネコ娘は大柄の王を懸命に見上げながら
「どうしたんですか?何か・・・」
「鬼太郎に訊きたい事があったのだが・・・黄泉の国の霊石に異変があったのだ」
「霊石・・・もしかして」
五官王の姿を見たときから、嫌な予感があったのは否めない。ネコ娘は思わず眉根を寄せた。
「どうした?鬼太郎はいないのか」
彼女の曇った表情から五官王は鬼太郎に何かあったのはすぐに覚った。
どうしよう・・・?五官王様にお話しようか・・・ネコ娘はやや逡巡した後、口を開いた。
二人でここへ訪れたとき、突然鬼太郎が得体の知れぬ力によって意識を失い、今は苦しんでいることを。
黄泉の国の霊石に起こった異変と関連があるのではないのか、と感じたことを・・・。
じっと少女の話を聞いていた五官王は、信頼のおける妖怪だと見込んで彼女に今発生した出来事を
伝えることにした。
黄泉の国・・・いわゆる地獄の亡者達を鎮め、秩序と力の均衡を保つ霊石の輝きがくすみ、不穏な流れ
が地獄界を漂い始めている。それが横丁に何がしかの影響があるのではないか、と調べに来たのだ。
「霊石の力が弱まっているのか、まだ調査中なのだが、もしやそのことが鬼太郎の体の不調と関係があるや
もしれぬな」
「はい・・・私もそう思って・・・だけど、鬼太郎だけがあんな思いするなんて」
ネコ娘は、ゲゲゲハウスでの彼の姿を思い出して涙ぐむ。少女の気持ちが分からないわけではない、が五
官王はきっぱりと言う。
「しかし、地獄のカギを持つ者として何もないという保障はないのだ」
「・・・でもでも!鬼太郎は何も悪いことしてないのに!」
「ともかく、お主は戻るが良い。ワシはこの事を閻魔様にご報告申し上げるからな」
そう安心させるように微笑むと、すっと瞬間移動をして五官王はその場を去っていった。
自分も目玉の父へ伝えなければ・・・!と潤んだ目尻をそっと拭うと、ネコ娘は振り返らずにカラスの森から
外へ駆け出していった。


          *          *          *


暮れなずむ夕焼け空を見つめながら、目玉の父は大きくため息をついた。
付きっ切りで息子を看ていたのだが、朝からと変わることもなく鬼太郎は眠り続けていた。
今までもこうして他の妖怪から苦しめられてきたが、元来の幽霊族の超越した能力ですぐに回復している
し、それほど心配することもなかった。
今回もそうだ、と思うものの、これといった兆候が見られぬとなっては施しようもない。そこが父にとって不安
の要因なのだった。
「今晩はまだ難しいかのう・・・」
そう呟くのが精一杯であった。


あれから、三日。昼間には砂かけ婆やネコ娘が看病に訪れ、横丁の皆も鬼太郎のことで持ちきりであった。
ネコ娘はひたすら祈るように世話を焼き、目玉の父は彼女の労を労った。

ふと、ネコ娘は囲炉裏の自在鉤に鉄瓶をかけている時、今まで瞑っていた少年の瞳がゆっくりと開いたの
を見つけた。
「き、鬼太郎!」
その声に驚いて、目玉の父が卓袱台から飛び降りた。すっかり衰弱した鬼太郎の側に駆け寄りながら涙を
浮かべながら
「おお!鬼太郎~目覚めたか!」
必死になって呼びかける。
鬼太郎は焦点のぼやけた瞳を大きく瞬かせていたが、おもむろに父の方へと顔を向けた。
「父さん・・・」
搾り出すように、小さな声で話しかけてくる。けなげな姿に父は、うんうんと頷きながら
「なんじゃ?」
「僕は・・・本当に父さんの子ですよね?」
泣き出さんばかりの声できく。懇願するかのような表情の息子に困惑しながらも目玉の父は
「何を言っておるんじゃ、当たり前じゃろう」
疑う、という感情でないことはよく分かる。そうではなく、何かに怯える様な問い掛けなのだ。
突拍子もない質問だったが、今まで苦しんでいたことと関係があるやもしれない。
「本当に、本当に、そうですよね?」
「おかしいぞ、お前は正真正銘ワシと亡くなった母さんの子じゃ。どうしたんじゃ」
はらはらと涙を零しながら訊く鬼太郎に、父までも、もらい泣きをしてしまう。ここまで情緒不安定な息子の
姿をみたことはない。だからこそ、その真意が知りたかった。
「眠っている間に、何かあったのか?地獄岩の前で何か?」
つい、訊いてしまう。本当は静かに寝かしてやりたいはずだったのだが・・・
「すみません、父さん。僕は・・・」
鬼太郎は答えようとするが、思い出す前にぐっと胸の奥に重い澱が攪拌されるような嫌悪感をおぼえて、
口をつぐんだ。
目覚めたのか、未だ夢の中にいるのか・・・意識が呆然としているだけで、体も鉛のように重かった。
「まだ寝覚めたばかりなんじゃ、今はゆっくり眠りなさい」
「そうだよ、鬼太郎。大丈夫、みんな居るから・・・ね?」
目玉の父とネコ娘の優しさに、今は甘えてしまおう。だが、もう眠りたくはなかった。
起き上がるのもまだ出来なかったが、二人の姿をみているだけで安堵感を覚えて、鬼太郎は少しだけ
落ち着いたのだった。


泣きじゃくる彼の様子に、ネコ娘はとても切ない思いが込み上げてきていた。今まで沢山助けて貰った。
これからは自分がしっかりしなくては・・・と強く決心したのだった。