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 第11話



 閻魔大王へ挨拶を済ませた鬼太郎達は、一反もめんの背に乗り、地獄の抜け道から地獄岩へと向かっ た。

 闇から光へ・・・地上へ帰る道は上へ上へと伸びている。鬼太郎の焦る気持ちものせるかのように、もめんの
妖怪は勢いよくはためきながら宙を舞う。
 やがて前に跨る鬼太郎は、自身の肩先から首筋へと灼熱感が駆け抜け、何かが鼓膜の奥が広がっていく
――一度だけ経験したことのある鈍い嫌悪のかたまりを感じた。
 堪えるように強く目蓋を閉じ、再度開いた時はっきりと聞き取れる声が響く。
『久しぶりだな・・・サマヤ』
 あの、男の声だ――!鬼太郎はぱっと顔を上げ、見渡しながら鋭く誰何(すいか)する。
「誰だ!!」
「ど、どうしたの、鬼太郎」
 唐突に声を荒げる少年にネコ娘は吃驚した。が、構わず鬼太郎は変わらず前を見据えている。
『また巡り会うとはな・・・いや、お前の穢(けが)れた魂に引き寄せられた、という訳か』
「どういう意味だ!!」
 目に見えぬ者とやり合っている、というのはわかるが全くついて行けないことに目玉の父、そしてネコ娘は戸
惑うばかりだ。それでも風を切る音に混じって、尚も少年の猛り立つ詰問は続いた。
「どうして・・・僕を狙うんだ!」
「・・・・もうお前の生きる場はないんだ。おとなしく還(かえ)るんだ!」
「ねえ、鬼太郎!ねえ、どうしたのっ?」
 訊かずにいられない、とネコ娘は鬼太郎の声に負けないように張り上げて問いかける。やっとこちらを振り向
いた鬼太郎は、いつになく堅いままだがきっぱりと答えた。
「・・・僕の頭の中へ直接話しかけてきているんだ。だから父さん達には聞こえない」
「そんな・・・!」
 その間にも一反もめんは出口に向かうようにぐんぐん上昇し、ゲゲゲの森を目指していく。目の前の異物を
振り切るように薄暗い冥道を抜けよう・・・とするが、ぼやけた視界から人型の残像が見えた。

 途端に襲われるかの錯覚から、思わずネコ娘の唇から小さな叫び声が漏れる。
「髪の毛針!!」
 即座に目の前の標的へ鬼太郎は、琥珀色の鋭利な針を散らす。しかし獲物は・・・視界から消え去り、それが
冥道故のまがい物であったか分からぬまま。
 今までなかったことであるのは間違いない。やはり霊石の護りが弱まっているのだろうか。
「とにかく急ごう!」
 もうそれしかない・・・と鬼太郎は振り返り少女に力強く言う。それに応えるようにもどかしい程の長い道のりを
超えていく。
 やがて大きな岩の割れ目から抜け出た一同は、一直線に妖怪横丁へ向かったのだった。




           *               *                 *



 生きとし生けるものの刻む時間は、時として残酷なものとなるのか――。
 変えることの出来ぬ過去の精算を今になって済ませねばならない、そしてたった一人の為に皆が立ち上が
ろうとしている。鬼哭(きこく)の如く迫り来る波濤(はとう)は、もうそこまで来ているのだ。


「予言するよ、予言!!もうすぐ大きな敵が襲ってくるよ!この横丁にね!」
 アマビエが甲走った声音を響かせたのは、すでに夕闇迫る刻。
 鬼太郎とネコ娘、そして目玉の父が地獄へ向かってから半日は過ぎている。
 西の空には深紅に染まる夕焼けが覆う。横丁の店先は大分戸が閉まり、静かな空間が広がるだけにアマ
ビエのこの予言は四方に広がっていく。
「何じゃと!!」
 耳聡(ざと)い砂かけ婆は、水路で泳ぐ彼女の元へ走った。有事の時には必ず携帯する定番の砂の調合を
施していた最中であったが、聞き捨てならぬと駆けつけたのだ。
「どういうことじゃ、アマビエ」
「今ひらめいたんだよ。五官王さまが来てからおかしな感じはしていたんだけどさぁ」
「やはり・・・親父さんが言っていたことが・・・」
 砂かけ婆は思案顔で呟きながら、深く眉を顰(ひそ)めた。地獄へ向かう前に目玉の父から聞かされたことが
脳裏 をよぎる。わざわざ五官王まで訪ねてきたということに、真実味を感じずにはいられない。
「それって、鬼太郎のことかい?そういえばネコ娘の姿も見えないねえ」
 自分の口先から発した言葉は、事の重大さを物語る。その不安を滲ませながら、アマビエは呟いた。
「さっきから大変な事になってるみたいだけど、どうしたんだ?」
 二人の様子を伺っていたかわうそがひょっこり顔を出してきた。気にしているのは砂かけ婆だけではない。一
向に姿を見せない鬼太郎、慌てる目玉の父――。どう考えても不自然なのは否めないのだ。
「なんだか薄ら寒いものを感じるんだよ。横丁には妖怪しかいないのにさ」
 妖怪特有の怪しみとは違う、見えない『気』を感じているのであろうか。アマビエは自分の両肩をかき抱いて
身震いした。
「やはり、お前もそう思うか?」

 彼女の感覚の鋭さに感心しながら、砂かけ婆が問う。
「ああ、もちろんだよ。おばば」
「親父さん・・・元気なかったよな」
 かわうそもぽつりと零す。目玉の父のどことなくいつもとは違った微妙な表情はついさっきのような記憶だ。
 今日は朝から・・・何だか妙な感覚があるような気がしていた。丁度人間界で言う盂蘭盆 (うらぼん・
注1)が
過ぎたばかりだ。それに昼間に一度言い放ったアマビエの予言も捨て置けない気持ちもあった。
 冗談だろう、で済まない事は内心分かっている。彼女の言葉は絶対なのだから。



「あ!鬼太郎!」
 出し抜けにアマビエの叫ぶ方向へ皆が一斉に昊(そら)を見上げた。
 久方ぶりに現れた鬼太郎は、空中に留まる一反もめんの背から飛び降り、横丁の面々を見渡した。続い
て後ろのネコ娘も身軽に降り立つ。 
「みんな、ごめん。もう、大丈夫だから――」
 そう言いながらも少年の張り詰めた面持ちに、一同は気持ちを引き締めた。後戻りの出来ないことをしっか
り刻み込むように。
「君たちを巻き込みたくなかったんだけど・・・そういう訳にはいかなくなった」
「分かってるよ。横丁に現れそうな敵なんだ、人間の手には負えないだろうってね」
 鬼太郎の気持ちを少しでも和らげようと、アマビエは強気に目配せする。
「・・・・ありがとう、アマビエ」
 深い事情を訊こうとする者はここには誰もいない。それがごく自然で当然で――。改めてこの居場所の心地
よさ を鬼太郎はしみじみと感じていた。




           *               *                 *



 嵐の前触れ同様の一陣の風が横丁の路地に吹き抜けていく。灯籠に座るつるべ火は、縮こまりながら震えて
いた。
「ねえ!あれ見て」
 ネコ娘が指さす方へ一同が見上げた昊は、夕刻から過ぎて闇の帳が下りようとする狭間の空気が混ざり 合い、
どんよりとした湿り気を帯びている。
 辺り一帯を悍(おぞま)しく覆うのもの――。阿修羅界の壮絶な世界からかいくぐってきた魂は、徐々に具現化
し・・・虚空に現れた存在は、もはや妖と呼ぶべきものに過ぎなかった。 
「鬼・・・・みたい。あんなのじゃなかったのに」
 憎しみを刻む頬、肌の色は土色、白ではなく銀色に鈍く光る髪、背にはたぎるような炎を纏う姿に、ネコ娘は
圧倒されながら呟いた。
 「・・・・・・羅刹(らせつ)じゃ」
 息子の頭の中から顔を覗かせた目玉の父は、明瞭に言う。
「ラセツ?妖怪じゃないっていうのかよ」
「だからさっきからアタイは妖怪じゃないって言ってるだろ!」
 傍らにいるアマビエは、上空へと目を瞠(みは)っているかわうそに向かって強くうそぶいた。
 かわうそがそう訊ねるのも無理はない。それほどまで、かの化身は闇の世界と一体となるような凄みを見せて
こちらを睥睨(へいげい)している。
「そうじゃ。あやつは地獄より下の阿修羅界を報身報土(ほうじんほうど・
注2)として墜ちた者なんじゃ。鬼太郎を
よりしろとしてな」
「ええ!!何で今更!」
「この前・・・西洋妖怪が地獄を占拠しようとして失敗した――その後にこの世界も地獄もバランスを崩したんだ。
その所為で・・・」
「そうかぁ。すっげーヤバイってことか・・・」
 ただでさえこの状況は異常としか言いようがない。かわうその至言の呟きに反応するかのように、背後で揺れる
陰が、ひとつ・・・ふたつと増えていく。
「そうじゃ。ワシらの出番、と言う訳じゃ」
「おじじ!それにぬりかべも!」
 阿吽の呼吸で目の前に出てきた彼らに、ネコ娘は歓喜の声を上げた。だが対照的に鬼太郎は、一瞬隻眼を
瞬かせて、紡ぐ言葉を探すのに戸惑うような表情を見せた。 
「みんな・・・本当にありが・・・・・・うわっ!」
 微笑みそのまま言おうとした瞬間、鬼太郎だけに衝撃波が襲う。背中を直撃され、大きく前にのめりながらも
すんでで踏みとどまり、すばやく振り返った。
「ネコ娘、父さんを頼む」
 自分を真っ先に狙ってくる――。自分の父をネコ娘に託し、駆けだした鬼太郎はタイミング良く足元に舞い降りた
一反もめ んへと乗り込んだ。上空で睨(ね)めつけるデーヴァ・・・今は羅刹と化した者へ、琥珀色に光る髪の毛槍
をしっかり握りしめながら真っ直ぐに向かっていく。
 木々が怯えて啼(な)いているようにざわざわと揺れている。そのすき間を縫って、華奢な少年が何尺も身丈の
違う存在へと向かい叫んだ。
「お前を・・・人間界へは行かせない!行かせるわけにはいかない!」
『・・・・本当にお前は変わっていない。その正義顔が頗(すこぶ)る虫酸が走るわ!』
 天からの轟きの如く響く野太い男の声が響く。刹那の間、たじろぐ地上の皆に振り下ろされる先刻と同じ攻撃が
届き・・・鉄壁となるぬりかべが盾となり防いだ。
「ぬりかべ!!」
 眼下には間に合わないもどかしさを覚えながら、鬼太郎はただ呼びかけるしかない。
「わしらのことはいい、鬼太郎は羅刹を食い止めるんじゃ!」
 子泣き爺が少年の気持ちを察して言う。
「分かった!」 
 ぐっと気持ちを切り替え、再び鬼太郎は上を見上げた。視線の先には今までに向かい合うことのなかった敵。
因縁、というものが形となって顕(あらわ)れたというべきか。浄玻璃の鏡の中で映っていた時間の針が性急に動き
始めたのだと思うしかなかった。

「お前の相手は僕だ!」
 仲間へ放つ電撃にも似た衝撃波をこれ以上撃たせる訳にはいかない、と鬼太郎は懸命に距離を縮めていく。
『私は待った。永い間・・・この時を。お前の魂を追って何度も地上に這い上がろうとな。再び舞い戻りかつての願い
を成就せねば・・・』
 重々しい声音が、吹き出す業火の熱さと混じり凄みを増す。
『世界すべてを掌握する・・・たかが一国支配したところでたかが知れている。今の私の力があれば容易い。
お前の父親のような力弱き者のようにはなるまいと思っていたからな・・・』   
「なにさ!こっちは平和に暮らしたいっていうのに!あんたの勝手なんて許さないんだからね!」
「こ、これ、アマビエ。あやつを刺激するんじゃない」
 慌てて砂かけ婆が制しするが、憤慨するアマビエは構わず空中を飛び、ぐんぐん登っていく。
「アマビエ!来るな!危ない!」
 制する鬼太郎が振り返る瞬間、アマビエは怒りを抑えずに嘴(くちばし)から勢いよく放水した。しかし小柄な
妖怪のこと、すぐさま鬼太郎は彼女をとっさに後ろへ押しやった。今は庇(かば)いきれる自信などない。
「とにかく君は下がってて。いざとなったらみんなを呼ぶ」
「分かったよ、鬼太郎」

 緊迫した空気を感じて、アマビエはすんなりと引き下がった。少しでも鬼太郎の役に立ちたかった、その一心
だったが、ここでは足手まといにしかならないのだ。
 単身となった鬼太郎は、間合いに飛び込み手にした槍を剣の如く操り、構えている羅刹の身体へと薙いだ。が、
かすり傷一つ付けることが出来ない。何度も試みるが、その度にかわされてしまう。
「なっ・・・攻撃が効かない!これなら、どうだ!」
 が、めげずに続けざまに撃つのは体内電気だ。気合いを込めて激しく電撃をぶつけるが、何のダメージもなく
平然と浮かぶ姿に鬼太郎は狼狽(ろうばい)しそうになった。
「鬼太郎、古今の札を使うんじゃ!」
 地上でははらはらとしながら見上げていた目玉の父は、息子へ助言する。
「・・・・そうか!分かりました、父さん」

 閻魔大王の謁見室で再会した時に渡された護摩符。しっかりと懐にしまっていた札を取り出し、毛槍へと
突き通した。
「くらえ!!」
 右腕を弓のようにしならせ、力一杯振り下ろす。暮れなずむ昊を裂いて、破魔の槍が一直線に飛んだ。
『笑止!!』
 すっと左手を前にかざされ、触れるより先にあっけなく燃え尽きる。阿修羅界の炎は、妖怪のものよりずっと
強力なのだ。自分の霊力も渾身の思いを込めて投げ込んだというのに・・・と思うと、ただ呆然とするしかなか
った。だが間髪入れず、羅刹はちっぽけな妖怪達を吹き飛ばす程の熱風を煽らせ、周りを挑発しているかの
ようだ。
「やめろ!羅刹!」
 熱風と格闘しながらも鬼太郎は再び挑んでいく。

「あいつは・・・鬼太郎をずっと『サマヤ』だと思い込んでいるのよ」
 地上で見守るネコ娘は思わず声を上げた。必死になり振り払おうとしている彼の背後、足元・・・執拗に攻め立て
る様は 目を覆いたくなるほど。
 攻撃のダメージを受けない敵に立ち向かうことなど、今までなかった。その所為で攻撃一つ一つが空虚に
なってしまうのだ。
「相手が人間、そう無意識のうちに思うからこそ鬼太郎は手加減してしまうのかもしれん。だが・・・このままでは
いかん」
 切り札であった古今の護摩符も燃え尽きた今、対抗するにはあとひとつ――。
 手の中で踏ん張り立つ目玉の父は、ネコ娘を見やった。父の視線に気づいた少女は意を汲んで深く頷く。
「鬼太郎、お願い!地獄の鍵を使って!!」
 少女の呼号(こごう)が、羅刹の業火を振りかざされそうになろうとする刹那の間に、鬼太郎の耳に滑り込む。
一反もめんと共に落下していく感覚に流されそうになりながらも、必死で胸を掴んだ。 
「開け、鍵よ――来い、地獄の鋼よ!」
 胸深くにしまわれた秘蔵の深紅の鍵を呼び、封印を解く。身体の芯が強い力で導かれ、霊力が全身を纏
(まと)うように高まっていく。揚力を放つ力は、小さな少年を浮遊させる。
 鍵に【針】の命を授ければ、直後鉄刺林(てっしりん・
注3)が髪・腕・下駄の歯へと鋭く伸びる。地獄にの
みにある鋼鉄の武器・・・何もかもを貫き、切り裂くという刃【武頼針】である。
 すでに虚心坦懐(きょしんたんかい)の平常心を取り戻した鬼太郎は、加わった力をみなぎらせ口を開く。
「僕は・・・『ゲゲゲの鬼太郎』――それ以外でも何でもない!!」
 きっぱりと言い切るその言葉にもう迷いはなかった。どんな過去を背負おうとも、自分自身には変わりはない。
その強く思う力を皆から分け与えられた事に精一杯感謝しているからこそ、何もかもに揺らぎはないのだ 。

『何を言う。私の呪いも解けぬ輩が!』
 否、と強く示すために鬼太郎は、腕をきつく振り伸びた針をしならせた。
「違う!!僕は・・・・幽霊族の誇りに懸けて、お前を封印する。それが今の僕がしなければ行けないことなんだ!」
 そう、それこそがこの場で出来る唯一の責務なのだ。
「閻魔大王様と約束したんだ。どんなことがあっても、妖怪世界と人間界は護りぬくんだと」 
『ふ・・・お前の穢れた魂には似合いだ・・・そうやって地獄の業を背負った姿は』
 にやりと不快な微笑を浮かべた羅刹は、手の内を見せる余裕を見せて遙か天を仰ぎ、つと両腕を高々と
あげ、何かを導き出し・・・それがあってはならないものをここで故意に見せつけたのだ。
「霊石が・・・!!」
 薄紅色に照り光る黄泉の国で鎮座する霊石がどうして羅刹の元にあるのか・・・。目の前で浮かぶ石は締
め付けられ悲鳴を上げている。そう感じるほどに輝きが脆弱(ぜいじゃく)になっているのだ。
「何・・・?何故ここに霊石があるんじゃ!」
 目玉の父ですら思いがけないことに挙措(きょそ)を失いかけて、ネコ娘を驚かせた。
「羅刹・・・・卑怯だぞ!」
『これさえあれば・・・・六道すべてを意のままに操ることが出来る。しかし、だ。一番の妨げは鬼太郎、お前だ!』

  羅刹の吐き捨てる言葉が、すでに群青に染まる昊を震わせる。赤子と同様とばかりに、真っ向から少年に
向けて強い衝撃波を下ろそうとした・・・・が、弱まりかけた光を絞り出すように光り輝く霊石が、鬼太郎の前で
庇ったのだ。
『うっ・・・・!』
 聖なる光に眇(すが)めた羅刹は、呻吟(しんぎん)の声を上げ、霞に包まれながらその場から消え去った。
「羅刹・・・・」
 どうして?と鬼太郎は呆気にとられる。霊石は羅刹を拒んだのだ。けれど、衰弱した石を元の通りになるすべ
を知らない。
 宙に浮かぶ薄紅の石は・・・小さなヒビがそこかしこにある。まだ護らねばならない課題は多く残されたまま。
呆然と一反もめんのせに揺られていたが
「大変だー!鬼太郎!」
 眼下でかわうそがただならぬ声音で呼んでいる。襲来の波は止んだというのにどうしたのだろうか。慌てて
地上に降りると、信じられない光景が目に飛び込んでくる。
 いつも父を託す信頼している少女がその場で人形のように倒れて居るではないか。
「あの・・・霊石が光ったと思ったら、急にネコ娘が倒れて・・・」
 おずおずとアマビエは言う。きっと皆が必死になって彼女を看ていてくれただろう事は分かっている。それでも
仲間達の青ざめた表情を見て、鬼太郎はネコ娘の様子を覚った。 

「ネコ娘!ネコ娘、しっかりしろ!」
 何度も彼女の名を疾呼(しっこ)するが、ぴくりともしない。とっさに抱き上げ、ネコ娘の唇へと耳を近づけた
が・・・あるはずの息遣いがない。
 まさか――!衝撃が胃の腑を貫く。目の前で何が起こったのか・・・しがみついていた意識が遠のき、背筋が
凍りつく。自分の膝(ひざ)の中で仰向けになっている少女の身体は、徐々に血の気を失っていく。
「ネコ娘――!!」
 悲痛に絶叫する息子の姿を、ごく近くに居る目玉の父は掛ける言葉もなく立ち尽くしていた。 



                                                



注1・・・普通にいうところのお盆のこと。正式名称です。

注2・・・過去の業の報いとして身を置く場所のこと。仏教用語です。

注3・・・地獄の針山(針の林、ということでしょうか)のことです。