道しるべの色
縁というものは、不思議なものかもしれない――特に永い間を生きていく者にとっては、それだけで多くのことを体験してしまうのは自然な道理であろう。
また今日も、そんな日常の一場面に過ぎない出来事も、行き交う人の中に遇って奇縁を結ばれたようである。
昼下がり、まだ早いが夕飯の買出しへ人間界の商店街に鬼太郎は出掛けていた。普段は妖怪横丁で済ませるが、今日は行きつけの魚屋で、約束していた魚のアラを取りに行ったところだ。
「父さん、良かったですね。今晩は魚のスープが沢山出来ますよ」
鬼太郎は買い物籠に入った魚を見せながら、自分の頭にいる目玉の父に話しかけた。
「そうじゃな、楽しみにしておこう。帰ったらジョギングじゃ」
つまり運動をしてお腹を空かせておこうということだろう、鬼太郎はそう察すると苦笑した。
「ちょっと寄り道しませんか、父さん」
何とはなしにそんな気持ちになって、鬼太郎はいつもの道から外れた方角へ歩いていく。商店街を抜けると、やや人通りの少ない道へと出る。あまり通ることがない道であったが、ふと歩いてみたくなったのだ。
懐かしい――と辺りを見渡して感じた。まだまだ自分が幼かった頃に、時々来た記憶がある。
ここは住宅街を抜けて田畑や木が多く、落ち着く場所だったのだ。少しずつ新しい建物の入り混じった風景を、鬼太郎は目を細めて見つめていた。
「ここは変わらんのう。懐かしいなあ」
「はい」
妖怪横丁がまだ規模が小さかった頃、鬼太郎親子はここで安らぎを求めて時折訪れていたのだ。
住んでいる人間達も穏やかで素朴な人々だった。鬼太郎を何の違和感も持たずにあれこれと世話を焼いてくれたものだ。
「今時の人間達はギスギスしていかん。妖怪なんてもんは信じんと思っておる」
「父さん・・・」
「おお、昔は良かったというのは、ワシも年を取ったということじゃな」
つい過去の思い出と比較してしまう目玉の父の気持ちも良く分かる。
「もう少し、歩きましょうか」
ゆっくりと歩を進めると、時々爽やかな風が頭上を通り抜けて髪を揺らす。澄んだ緑の香まで届けてくれそうだ。
「横丁とは違うが、いい所じゃ」
「空気がおいしいですね」
久しぶりの穏やかな空気に包まれて、自然と気持ちが解れていくようだ。
当て所なく細い路地を進むと、道の両脇に一反程の広さの畑が見えてくる。今は何の野菜が作られているのだろう。ふと右脇の畑を見ると、中で小柄な老婆の後ろ姿を見つけた。畑仕事をしているようにも見えるが、そういう訳でもなさそうな、ぼんやりとした不思議な様子をしていた。
「ん?どうしたんじゃ?」
「いえ、何でもありません」
特に気にすることもない、と歩き出そうとした時。
「もしかして、鬼太郎さん?」
こちらに向かってやってくる老婆に、鬼太郎はとりあえず会釈をした。
「まあ・・・やっぱりあなたは全然変わってないのねえ」
懐かしむような口調で話しかけてくるということは、以前に面識があるはずだ。が、どうもぴんとこないのだ。
「無理もないわね。もう私、こんなお婆ちゃんなんですもんね」
「どうして、僕を知っているんですか?」
「昔々会った事が、助けてもらったからよ。憶えてないかしら?」
今よりも妖怪ポストに手紙が沢山投函されていた時代もあった。その頃のことだろう。
「まだ私が娘だった頃、恐いお化けに追われてて、その時鬼太郎さんに助けてもらって。虎縞のチャンチャンコに、赤い鼻緒の下駄を履いた可愛い男の子だったから、今でもずっと憶えていたのよ」
ひょっこりと鬼太郎の髪の中から、父が顔を出した。
「息子を憶えていて下さって感謝します。つかぬ事を訊きますが、お名前は?」
「そうね、名前を言えば思い出してくれるかしら?和代です、昔からここで住んでいるんですよ」
今から数十年前、この辺りでは妖怪がよく出没していた時期があった。そして、お下げ髪の少女が必死に逃げていた所を助けた記憶がある。確かに『和代』という子だった。それだけ遠い過去なのだ。
「思い出しました、和代さん」
「ありがとう、鬼太郎さん。あら?あんなところに・・・いらっしゃい、鬼太郎さんだよ」
差し向かいで話している所へ、後方からやってくる女の子に和代は話しかけた。見た所、小学校中学年位の年齢の澄んだ目をした子である。その子はびくりと肩を揺らし、じっと立ち尽くしていた。
「どうしたの?良い子だからいらっしゃい」
手招きされて、やっとこちらへやってくる。鬼太郎に目を合わせると何か言いたげな顔つきだった。
「ね、お願いがあるの。うちの祭壇にある果物、何か持ってきて。鬼太郎さんにあげたいのよ」
和代がそう言った途端、女の子はくしゃっと泣きそうに眉を寄せ、くるりときびすを返し、駆け出していく。
――あの子はどうやら特別らしい。和代の言葉が理解出来ているのだ。鬼太郎はそれだけで確信した。
しばらくして、少女は一つのリンゴを手にして戻ってきた。恐る恐る鬼太郎に近づくと、そっと手渡した。
「ありがとう」
「まあ、この子は。リンゴ一個じゃ足りないでしょ?」
「これだけしかなかったの、お祖母ちゃん」
少女は消え入りそうな声で答えた。鬼太郎は少々身を屈めて、優しく目配せした。
「それじゃ、僕は帰ります。君、ありがとう。お婆ちゃんを大事にね」
これ以上何か言う事もないだろう。和代は満面の笑みで手を振ってくれている。
共にいる孫の少女は見えていたのだ。もうこの世の存在ではないことを。和代もそれが分かっているからこそ、孫に頼っているのだと言う事も。
「いいのか、鬼太郎?」
「幸せそうにしている霊を乱すことは出来ません」
まだ肉体から離れてあまり時間の経っていない霊体。実感がないのだろうから・・・。
「そうか、お前がそう言うならワシは何も言わん」
目玉の父も息子と同じ気持ちだった。買い物籠に入れられたリンゴをじっと見下ろしていたのだった。
数日後――。丁度、鬼太郎親子が朝食を終えてからしばらく経った後、外から階段を慣れた調子で上ってくる足音が聞こえてきた。
「鬼太郎、いる?ポストに手紙来てたよ」
ひょっこりと顔を出してきたのは、ネコ娘だ。鬼太郎は中へ入ってくる彼女から手紙を受け取ると、すぐに開封した。
数行目を通した後、はっと顔を上げた。
「父さん、これは・・・」
「何じゃ?」
「この間の女の子からのようです」
この間とか、女の子と聞いても、ネコ娘はさっぱり話が飲み込めない。鬼太郎は持っていた手紙を彼女に読むように促した。
「あの時の、お婆さんの霊のことで相談があるそうです」
「そりゃ大変じゃのう」
ちゃぶ台の上で、胡坐をかいている目玉の父は腕を組んだ。
「ネコ娘も一緒に来るかい?」
「うん!もちろん」
今回は自分が持ち込んだ事件ではないが、それでも気になるのと同時に、きちんと誘ってくれたのが嬉しかったのだ。
鬼太郎は、父を頭に乗せると早速手紙に書かれた家へ向かうことにしたのだった。
■ ■ ■
依頼主の少女の名前は瑞穂といって、先日見た霊体の老婆の孫にあたる子だった。
住宅街の外れにある瑞穂の家は、見る限り昔ながらの典型的な造りのようだ。古めかしい玄関口のインターフォンを鳴らそうと、鬼太郎が手を伸ばした時、離れた勝手口から勢い良く女の子が走り寄ってきた。
「あ、君が・・・瑞穂ちゃん?」
「はい。この間、会いましたよね?」
無言で頷く鬼太郎に、瑞穂は安堵の表情を浮かべた。
「で・・・お婆さんなんだけど」
おずおずと問いかけるネコ娘に
「あのお婆さん・・・不成仏霊だってすぐに分かっていたんだ。でもあまりにも幸せそうな笑顔だっ
たから、何も言うことはないだろうと思ったから、そっとしておいたんだよ」
「そうなの・・・」
自分には霊感というものが何も持ち合わせていない。鬼太郎がそういうのであれば、信じるしかないのだ。
「それだけなら私、鬼太郎さんにお手紙出してません!」
瑞穂は苦しげに言うと、真摯な視線を二人に向けた。
「・・・私のお祖父ちゃんは半妖怪だったんです」
「え!」
全く予想をしていなかった告白に、ネコ娘は思わず声を上げた。
「お祖母ちゃんはもちろん人間です。昔は・・・そういうことがあったんだと思います。お祖母ちゃんはそれでも結婚して幸せに暮らしていました。けど、ある日突然いなくなってしまったんだそう
です。それでもお婆ちゃんは、お父さんや叔母さん達を一生懸命育てて・・・一年前に亡くなりました」
「そうだったの・・・」
「お祖母ちゃん、亡くなってもずっとお祖父ちゃんが帰ってくるのを待っているんです。鬼太郎さんに会った時も、あの辺りで捜していたのか・・・。私はお祖父ちゃんの血を受け継いでしまったのか、見えないものも見えるみたいで。だって、お父さんは全然ダメなんだもの」
「それで瑞穂ちゃんは、成仏させてあげたいんだね」
鬼太郎に優しく頷かれ、瑞穂はやっとほっとしたように短く
「はい」
と返事をした。
「こりゃ、大変じゃぞ」
少女の話をじっくりと聞いていた目玉の父が、鬼太郎の髪の中から顔を出した。
「どうしてですか?」
息子の問いに、ふと腕を組みながら
「この子のお祖父さんは半妖怪、成仏といっても行く先は地獄しかあるまい」
「そんな・・・酷い!」
ネコ娘は今までの瑞穂の祖母の苦労を慮ると、つい口に出てしまっていた。
「例え半妖怪と言えど、あやかしの者と結ばれた人間は、罪が重いとされておる」
「だから・・・それが分かっていたから、僕に手紙をくれたんだね」
神妙な顔で目配せをする瑞穂に、鬼太郎はすべてを覚った。
「大丈夫。僕が閻魔大王様に頼んであげるよ。お祖母さんがちゃんと成仏するまで見守るから」
「ありがとうございます!鬼太郎さん」
瑞穂に安心させるかのように微笑む鬼太郎に、涙ぐみながら何度も頭を下げるのだった。
しかし、息子の頭上に居る父の表情は固いままであった。
■ ■ ■
妖怪横丁へ戻った鬼太郎達は、仲間数名を砂かけ婆の長屋前へ呼び集めた。丁度その場にいたのは、砂かけ婆、子泣き爺、かわうそ、そして、ろくろ首である。
「で、そのお祖母さんを地獄へ行かせないようにしたい・・・という訳じゃな?」
砂かけ婆は、すべての話をきくと確認するように念を押す。
「しかし・・・半妖怪と結婚した人間だったら無理じゃろう」
「もう!おじじは能天気なこと言わないでよ」
「そうよ!絶対そんなの駄目!」
子泣き爺のやや軽口な口調に、ネコ娘はすかさず反論した。そして加勢したのは他でもないろくろ首だ。彼女は鷲尾誠という大学生の青年と交際しているのだ。同じ立場だったであろうことを思うと、言わずにはいられなかった。
「鬼太郎だったら、地獄へ行き来出来るじゃない。だからきっと大丈夫よね?」
ネコ娘は年上の妖怪達に問いかける。
「それはどうかのう・・・」
長椅子の上に立っていた目玉の父は、苦渋の色を滲ませながら言う。
「でも・・・お祖母さんをちゃんと成仏させてあげられる方法はないの?だって地獄に一度行ったら、出られないんじゃ・・・」
ろくろ首は眉根を寄せて皆に言った。
「行ってしまう前にあの・・・西方浄土まで導くことが出来ればいいんじゃが・・・」
「サイホウジョウド?」
耳慣れない言葉に、鬼太郎の隣に居たかわうそは、きょとんとして聞き返す。
「ほれ、地獄とは真逆の世界じゃ」
「キラキラないっぱいの世界」
目玉の父と子泣き爺の解説に、ふーんと頷きながらも
「おいら、そういう世界はごめんだな〜」
「今はそういう話じゃないでしょ?」
ネコ娘は間髪入れず突っ込んだ。まあまあ、と二人を宥めつつ父は息子へ向き直り
「ともかく、まずは五官王にでも相談してみるのはどうじゃ?協力してくれるかもしれないぞ」
「そうですね。一度、話に行って来ます」
五官王とは、閻魔大王の側近である。以前には、共に戦ったこともあり、頼りになる人物なのである。
今回も何かしらの助けになれば・・・と思い当たるのは至言なのだ。
早速鬼太郎とネコ娘は、カラスの森にある地獄岩へ向かった。
□ □ □
地獄の裏口からやや入った虫坂。本当は最下部まで行こうとしていた二人であったが、五官王自らここまで足を運んでくれた。それについては鬼太郎が礼をしたのだが・・・。
「何?閻魔大王様に会いたい?」
開口一番、無茶なことをいう、と五官王は思った。
挨拶もそこそこに、どうしてもと話し出すネコ娘の様子に、少々辟易してしまった。
「是非閻魔大王様にお会いして、お願いしたいことがあるんです!」
今まで何度か協力はしてきたが、このような願い事を聞くとは思ってもいなかった。気持ちは分からないでもない、が。
「しかしだな・・・例えどんな願いがあったとしても、今はいかん」
「どうしてですか?」
「今、大王様は極楽へ帰っておられていてな」
「ええっ!」
ネコ娘にとっては初耳だ。目を丸くしている。
「そうか、お主は知らなかったか。もともと閻魔大王様は、極楽の住人でな、閻魔王庁には出張という形でいらっしゃるんだ」
「じゃあ、すぐには無理・・・ということですね」
強い意志を感じさせる声でそう言う鬼太郎は、まっすぐにこちらを見据えている。軽く息を吐くと
「相談の内容如何によっては、取り次いでやってもよいが」
「ありがとうございます。実は・・・」
鬼太郎は、妖怪ポストからきた依頼のこと、自分にも関わりを持っていることを丁寧に話していった。
目を閉じ、じっと聞いていた五官王の表情は曇る。
「気持ちは分かるが、地獄の掟は絶対なのだ」
「そうですか・・・」
「しかし、方法がないわけではない」
瞬間、ネコ娘は目を輝かせた。それに反して、隣にいた鬼太郎は落ち着き払って訊ねた。
「何でしょう?」
「浄めの五色を知っているか?」
「キヨメノゴショク?清らかな色ってことかしら?」
「五色は即ち青・黄・赤・白・樺(かば)を指す。それぞれに意味のある尊い色だ。それらの色を使ったものを、その霊に身に着けさせるとよいだろう。さすれば極楽への道がその者を導いていくはずだ」
「ありがとうございます!」
「大王様には会わなくていいのだな?」
「はい、方法が分かっただけで十分です」
鬼太郎はやっと表情を和らげて、会釈した。続けてネコ娘もぺこりと頭を下げた。
「鬼太郎。お主には期待している」
「・・・僕は出来ることをしていくだけです」
さらりと気障な事をいうものだ――と五官王は苦笑した。そういう所が仲間を惹きつけていくのだろうと、自分のかけた言葉が間違いではないと確信していた。
鬼太郎とネコ娘は五官王に別れを告げると、待たせておいた一反もめんの背に乗りカラスの森へと戻ったのだった。
これで解決の糸口が見つかった。だが、浄めの五色を揃えて、身につけさせる――というのは具体的にどうすればいいのか悩む所である。
とりあえず横丁へ帰り、皆に知恵を出し合ってもらうしかないだろう、と二人は打ち合わせた。
■ ■ ■
再び鬼太郎は、仲間等を妖怪長屋の前に集合をかけた。皆、結果を気にしていたようだ。
「五色のものって、簡単に見付かるかしら?」
ネコ娘は不安になって言う。何でもいいのかもしれないが、自分には心当たりがないのだ。
思案顔の女性陣の中で、ろくろ首がぱっと頬を紅潮させて
「あ!確か私、前に買った絹糸を持っているわ。五色揃うか分からないけど、みてみましょうか?」
「そうか、ろくろ首、試しに持ってきてもらえんか?」
と、砂かけ婆に頼まれると早速部屋へ入っていった。しばらくして、リリアンより少し太い絹糸を五本握りながら戻ってきた。
「これで組紐を作ろうと思って、大分前に色々揃えていたの。これが役に立つといいんだけど」
そう言いながら、皆に見せるように紐を長椅子の上に広げた。上から順に赤・黄・青・金・銀の五色であった。
「ごめんなさい、白の絹糸はなかったわ。銀色じゃ駄目かしら?」
「いや、良いじゃろう。代用すれば」
紐の側で立っていた目玉の父が太鼓判を押す。すると
「あと、樺色がないよ?どうするの?」
ネコ娘が続けざまに質問をしてきた。
「うーん、それはじゃな。おい、鬼太郎」
父はすぐ側にいる息子の方へ向き直り呼びつけた。
「何ですか、父さん」
「お前の髪の色が樺色に近い。それにお前の霊力も必要じゃ」
「僕の髪も一緒に使え、ってことですね?」
「そうじゃ、そうすれば霊体に触れることも出来るじゃろうからな」
なるほど!とネコ娘はとても感心した。周りの皆も、目玉の父の知恵に感服していた。
「・・・分かりました」
鬼太郎は慣れた手つきで自分の髪を一本抜き、指先で摘むと気を集中させた。絹糸のような光沢を放ってぐんぐん髪は伸びていく。その後、手にしていた髪を長椅子の上に置いた。
「それじゃあこれで組紐作れるわね。ネコちゃん、組み方教えてあげる」
ろくろ首は揃った紐を取り上げると、ネコ娘に手渡した。
「鬼太郎も一緒にやろうよ」
「え!僕も?」
まさか自分が作るとは思ってもみなかった鬼太郎は、ぎくりとした。
「いいよ、僕は。ネコ娘の方が上手いよ、きっと」
「だーって、鬼太郎の依頼だよ?責任持ってやらなきゃ」
彼女は両手を腰に当てると、強引な口調で言い放つ。
「分かったよ・・・やるよ」
はあ・・・とため息を吐きながら承諾したのだった。
□ □ □
妖怪長屋のろくろ首の個室で、鬼太郎とネコ娘はさっそく教えてもらうことになった。しかし、始めからあまりやる気のないのが鬼太郎である。ろくろ首の隣で熱心に手を動かすネコ娘を、呆けた様にただ見ているだけだ。
「で、この左からきた紐を、こうして・・・」
と訊きながら少しずつ進めていく。
「これ覚えたら帰ってやってみたら?鬼太郎の髪の毛、結構編みやすいみたい」
「そうかな」
やや投げやりにろくろ首の言葉に答える鬼太郎に、ネコ娘は何故かカチンときてしまった。
「あのねえ、やりたくないのならいいよ。帰れば?」
「そういうの、目が疲れるよ。さっきから見てるけど、色が混ざり合って何だかチカチカしてきた。
よく出来るなあって感心してた」
「たいしてキツイ色は入ってないんだけど・・・」
「そうかな?僕にはちょっと無理だよ。もっと太い紐とかなら見易いんだけどな」
鬼太郎はいたって真面目に答えているのだが、ネコ娘にとっては言い訳にしか聞こえない。益々苛立ってきてしまう。
「ネコちゃん、いいじゃない。これは私達がすれば。ね?」
ろくろ首はもう少しで、本気に怒りそうになる彼女を宥めた。
確かに組紐だったら一人で出来る。でもせっかくだし、一緒にやってみたかったんだもん、とネコ娘は内心まだ気分が晴れずにいた。
鬼太郎は二人が下を向いている隙をみて部屋を出た。あとは彼女達に任せておいてもいいだろうと思う。自分は全く出番はなさそうだ。何故ネコ娘があんな事を言い出したのか、結局鬼太郎はちっとも分からないでいるのだった。
まだ編み始めたばかりの紐を握り締めて、ネコ娘は鬼太郎の家の方向へ歩いていた。きっとまっすぐ自宅へ戻ってのんびりしているに違いない、と思ったからだ。
雑木林を抜け、小橋を渡りきったところで、せっせとジョギングに励む目玉の父の姿が見えた。相変わらず健康志向な鬼太郎の父親である。ネコ娘は彼の息子の居所を尋ねたが、それよりも、どうした?と訊き返されてしまった。今の自分の感情を読まれてしまったようだ。
ネコ娘は手にしていた組紐を見せながら、長屋で交わした鬼太郎との会話を教えた。
「まあ、ネコ娘・・・堪えてもらえんかのう」
「親父さん・・・」
何時にもない、懸命で申し訳なさ気に頭を下げる様子に、ネコ娘は二の句が継げなかった。思ってもみない目玉の父の反応に戸惑ってしまう。
「お前さんの気持ちも分からんでもないんだが、鬼太郎も気が付いておらんのじゃよ・・・まだあの子が幼い頃に目の前にあったワシの茶碗風呂に入れてくれた時、茶碗へ注げなくてな・・・こぼしてしまった。はじめのうちは、まだ小さいから仕方がなかろうと思っておった」
どうして今、そんな事を話すのだろうか?ネコ娘は内心訝しんだが、じっと耳を傾けていた。
「だがな、そんな事が何度もあって・・・妖怪退治をするようになってからもチャンチャンコを投げてみたはいいが、うまく受け取れなかったり、おかしい、おかしいと・・・」
「それは・・・まだ慣れていなかったからとかじゃないの?」
「いや、ひょんな時に息子の事を井戸仙人に相談したんじゃ。そうしたらアイツはあっさりとこう言った。
『お前の息子は碧眼だから』と。ワシは猛烈に腹が立ってな。鬼太郎の眼は碧眼のせいで遠近感や視野が狭い。疲れや気を抜くと目がぶれて見難いんじゃないかとなあ・・・ワシは何を言われてもいい
が、息子をそんな風に平然と言い切るアイツがどうにも許せんかった。それからというもの、ワシは井戸仙人と喧嘩しあうようになったんじゃ」
昔語りをする目玉の父から、自分への期待も込められているのではとネコ娘は感じた。まだ先の未来のことなのだろうけれど。
「おお、すまんな、ネコ娘。お前さんだけにはどうも話しておきたくなってなあ。あ、じゃがこれは鬼太郎には内緒でな」
「はい。わかってまーす!」
先程までの苛々した気分が吹き飛んだようだ。ネコ娘は、すっかり笑顔を取り戻したのだった。
■ ■ ■
翌日になって、鬼太郎とネコ娘は瑞穂の家の側にある畑へ行った。始めに出会ったのと同じ時間帯なら、また和代はこの辺りに現れるだろう。学校に行っている瑞穂はまだ授業中のようで、留守であった。
ネコ娘は昨晩編み上げた組紐の腕輪を鬼太郎に手渡す。それを受け取った鬼太郎は、周りを凝視するように霊力を高めていく。はっと気づいた時に、目の前に和代が現れた。
「あら、鬼太郎さん?また会いましたねえ」
嬉しそうに話しかける和代に、鬼太郎は一度笑いかけたがすぐに真顔で
「そうですね・・・でも、行きましょう」
単刀直入に、そしてはっきりと言った。
「行くって、どこへ?」
小首を傾げる様子を見ると、ほんの少し心が痛む。が、話さなければいけない。
「貴女はもうここへ居るべき人間ではありません。貴女の捜している人は、ここには居ないんです。僕が一緒に案内しますから・・・行きましょう?」
すっと腕を伸ばし、促そうとした。しかし、和代は俯くと
「さすが鬼太郎さんね。全部分かっていたんでしょう?・・・ありがとう。本当はね『あの人はいない』
って言って欲しかったの。背中を押して、諦めさせてくれる言葉が欲しかったのよね、私」
「・・・和代さん」
顔を上げ、こちらを見つめてくる彼女は、心なしか緊張感から解放されたような穏やかな目をしていた。 隣に居るネコ娘には二人のやり取りは見えていない。ただ、鬼太郎の表情で読み取るしかないのだ。この場で自分に出来ることは、見守ることだけなのだ。
鬼太郎はじっと一点を見つめ、軽く頷いた。
「分かりました。鬼太郎さんがついて来てくれるなら、安心だわ」
ややあって、チャンチャンコの奥にしまっておいた組紐の腕輪を取り出した。
「これを身に着けて下さい。隣に居る彼女が貴女の為に編んだものです。それから、僕の髪も一緒に。貴女が無事に成仏出来るように、瑞穂ちゃんも願っています」
鬼太郎の髪の力で、霊体である右手へそっと握らせることが出来た。瞬間、手の中にあったそれは五色の光を帯びて輝きだす。少年の霊力が媒体し霊体が柔らかな輪郭を描き、徐々に霧のように薄らいでいった。
「な、何?この光!」
「和代さんの霊だよ。ネコ娘にも見えるんだ」
突然の光に眩しくて、思わず額に手をかざす彼女に鬼太郎は微笑んだ。
「ありがとう・・・もう、大丈夫ですから・・・」
これで本当の最期の別れ。既に声も届かないほど、霊体は天へと昇っていった。
「奇麗な・・・声。若い女の人の声だったな・・・」
最期の人間が紡ぎだす安らいだ声音に、ネコ娘は感嘆した。
「どうか、お元気で」
呟くように、鬼太郎は一言残す。それ以上の言葉はいらないのだ。
「帰ろうか、ネコ娘」
「うん」
□ □ □
すっかり夕暮れに包まれた雑木林の道を歩きながら、ネコ娘はふと訊ねた。
「本当に・・・和代さん、極楽浄土へ往けたかしら?」
「さあね・・・。後は彼女次第だよ」
「もう!鬼太郎って冷めてる!」
もう少し、相手の立場を慮って発言してよ!とおかんむりなネコ娘である。
「冷めてるって?僕は手助けしただけだよ」
「そういう言い方じゃなくって!」
ぴりぴりとした雰囲気に気圧されつつ、鬼太郎は先を歩いた。
「ネコ娘。僕と和代さんは生きている時間が違うんだ。僕の一方的な気持ちを押し付けるわけにはいかないよ」
「でも、一生懸命やったじゃない。そんな鬼太郎の優しい所に感謝してるんだよ?もっと素直になったら?」
「・・・そんなんじゃない」
噛み締めるように、低く答える。思わずぐっと拳を作って足を止めた。
いつもと様子が違う鬼太郎の空気に、ネコ娘は一瞬緊張した。
「僕は特別な事とか・・・何も考えていないよ。本当に助けて欲しい、とか長く生きていたいとか、強い思いの人間の手助けが出来ればいいと思っている」
独り言のように、自分へ言い聞かせるかのような口調で呟く。平素からこう思っていた、というのを言葉として誰かに初めて言ったような気がする。
虚ろに空を見上げる鬼太郎の横顔を、ネコ娘はただ黙って見つめる。妖怪ポストに投函された悲痛な訴えや思いの手助けをする度に複雑な思いをしているのは、紛れもなく彼なのだ。
私は・・・私はただそんな鬼太郎の思いを汲んで、懸命に後を追っているだけなのかも――そんな自分の力不足に歯がゆさを感じていた。
「鬼太郎、ごめんね。私の方こそ自分の気持ち、押し付けようとしちゃったね」
「いや、別に・・・」
ただ自身で感じていることを言ったまでのこと。彼女を責めるつもりなど、さらさらないのだ。
「瑞穂ちゃん、安心してるよね、きっと」
「ああ、そうだね」
依頼主の少女には黙って帰ってきてしまったが、それでいいと思う。捜し求めた人は見つからなかったが、これからは浄土で見守るであろう祖母をきっと感じることが出来るだろうから――。
鬼太郎は心の中で、静かに和代の幸せを祈った。
遠い過去に巡り合った縁は、こうして一つの形となって結ばれた。たとえ薄い縁だとしても、自分の手の中にあるものを守っていく。それを改めて鬼太郎は感じていたのだった。
終わり
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