この下に続く小説はゲスト原稿として差し上げたものです。

この作品の後に『望楼からの誓願』へと続くプロローグとなります。

(というかそういうイメージ)

このお話を書き終わってから連載用小説を考えました。

特にきっかけになったものです。ありがとうございました!












     『古往今来〜祈り〜』



 夏の涼風に誘われて、蛍がほのかな光を絶やさぬ時分に、楽しげな笑みを浮かべる少女が、雑木林の道を歩いていた。
 彼女は、涼しげな藍染めの猫柄の浴衣に、薄桃色の兵児帯を結び、黒塗りの下駄を履いていた。
 今日の為にすべて誂えたとっておきのもの。大好きな彼に一番に見てもらいたくて、目的地へと急いでいるのだった。



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 沼地の中に建つゲゲゲハウス。ネコ娘は当たり前のように、挨拶しながら上がりこんだ。
「どこ行っちゃったんだろう・・・?横丁にも居なかったし・・・」
 この時間ならきっと居るだろうと思って覗いてみたが、意外にも留守であった。窓の隙間から夕闇の混じった光が差し込み、使い慣れた卓袱台と欠けた陶器の御椀を映し出す。ひんやりとした空気で、大分前から二人が居ないことを覚ったのだった。
夜間に人間界に出ているの事もあるが、昼間にそういった話も聞いていない。
 時々、カラスの鳴き声が遠く近くと響いて聞こえてくる。鬼太郎と仲の良いカラスの声のように聞こえるし、外で何かをしているのでは・・・と直感した。彼を見つけるのは、実は簡単なことなのかもしれない。あまり行動範囲が広い方でないのは、長い付き合いで分かっているからである。それにやっぱり何時だって後を追いかけていたいのだ。
 ネコ娘はすぐさま梯子を駆け降りると、森の奥へと足を早めたのだった。


           □              □              □


 普段妖怪達も訪れないカラスの森の入り口――。夕焼けが暮れなずむ空を染め、木々のさざめきと共に、カラスの羽ばたきがけたたましく音を立てた。ネコ娘は、森の土を踏みしめるように歩きながら、辺りを見回す。何の気配も無い・・・そう思ったとき、奥の方から何かを燃やす匂いが漂ってきた。

 ネコとしての嗅覚でそれを嗅ぎ分けながら、どうして森に煙が?もしやと、思わずそちらへ走り出していた。
森の突き当りには地獄の裏関所とも言うべき『地獄岩』のある場所で、滅多に来るところではない。少なくとも自分にとっては。しかし、真っ先に思い浮かんだ場所だったのだ。

「どうしたんだい?」
 頭上から聞こえてきた耳慣れた声。こちらが慌てて来たと言うのに、飄々とした口調だ。すぐ上を見上げると、老木の枝に腰を掛けた幽霊族の少年が居たのだった。
やっと探し当てた彼――鬼太郎はいつもと同じく落ち着き払った表情だ。
「だって、今何か煙の匂いがしてきたから、火事でもあったんじゃないかって心配だったんだもん!」
 ぷうと頬を膨らまして抗議するネコ娘に、鬼太郎は少しだけ笑いながら
「ああ、あれか」
と一言言うと、軽く飛び降りて岩の近くへ行った。そこには素朴な盛り砂の上には小さく折った枝が無造作に積まれ、先端には彼女が嗅ぎつけた小さな火が灯っていた。
「知ってる?今日は地獄の釜が開く日なんだよ」
 淡々と言う鬼太郎の瞳は、足元の火にまっすぐ向けられていた。そして、そのまま膝を折り、小枝を二、三本くべた。
「亡者達が里に帰れる唯一の期間だ。ここにだって帰ってくる妖怪だっているんじゃないかと思ってさ」
「だから鬼太郎は、ここに居たのね」
 彼の言葉の意味の深さを思うと、そう言うしか出来ない。
 今日は人間界で言う『盂蘭盆会(うらぼんえ)』の始まる日。今ここにあるのは地獄からの死者に手向ける迎え火なのだろう。
「それもあるけど・・・地獄には縁があるしね。何故だか急に気が向いたんだよ」
 今日はこの力に導かれたのかもしれない――。鬼太郎はそう言いながら、胸に右手を当てた。そこには地獄の力を引き出すための特殊なカギが宿るところ。自分にしか出来ないと自負しているが、時には少しだけ迷うこともある。
「いつの間にか持っていた力だけど、みんなの為になるならそれでもいいんだ。ネコ娘、僕は間違ってないよね・・・?」
 ネコ娘はそっと鬼太郎の隣にしゃがむと、琥珀色の髪に覆われた横顔を見つめた。
「鬼太郎・・・私は鬼太郎のこと信じてるもん。だから、自分の思った通りに戦って。私は見ているだけしか出来ないけど・・・」
「ありがとう」
 やっぱりネコ娘に話して良かった・・・彼女に打ち明けると不思議な安堵感が心の中に広がり、平素は言えない思いも言えるような気がした。
「みんな僕を頼ってきてくれるし、それが当たり前だと思ってしてきたけど・・・本当は周りの妖怪達が僕を支えてくれているのかなって時々思うんだ」
 私利私欲では決して動くことは無い鬼太郎らしい言葉に、普段は見せない少し大人びた雰囲気が漂う。
 そんな鬼太郎にネコ娘はどきりとした。二人きりの時、よくこんな彼になるからだ。自分にだけこうして気持ちを吐露してくれるのが嬉しかった。
「そっか・・・そうよね、みんなは鬼太郎が強いとか、不死身だから大丈夫だって思っているのよね。でもね・・・地獄の力が鬼太郎にとって負担になっているのが、本当はちょっと心配。だって・・・」
 言いかけた本心を言うべきではない、とネコ娘は口をつぐんだ。
 しかし、もう一つだけ絶対に言っておきたい事があった。
「・・・どうした?」
「私だって、本当は鬼太郎を守りたいの。助けてもらってばかりじゃダメだって思うから。足手まといになるとか言われちゃうけど、そんなんじゃなくて・・・私にも出来る事もあるはずだから」
 鬼太郎は目を見開いて少女の顔を見つめた。意志の強さ、自分を守りたいと言ってくれた気持ちに答えようと、やや圧倒されながらもそっと頷いた。
 いつの間にそんな風に想ってくれていたのだろう・・・?彼女は守るべき存在で、それが自分の中でごく自然な事だと思っていたのに。
「いいのかい?それで」
「いいって・・・私は前からそう思っていたもの」
 あっけらかんと言い放つネコ娘に、鬼太郎は答えるべき言葉が見つからなかった。

「・・・今まで色んな事あったね」
「ああ」
静謐(せいひつ)な時間の流れに、このまま過ごしてしまいそうだ。ネコ娘は、はたと思い出し
「ねえ、そう言えば親父さんは?」
「おじじと一緒に横丁へ行ったよ。何だか大分張り切っていたよ」
と、鬼太郎は今朝の目玉の父の様子を思い出して答えた。朝早くにジョギング、食事を済ますと子泣き爺に呼ばれて嬉々として出掛けたのだ。
「ところでさ、どうしてネコ娘はここに来たの?」
「だから!横丁で夏祭りが始まるから誘いに来たんじゃない!」
 うっかり何をしに来たのか忘れてしまうところだった。それにしても、こうして浴衣まで着ているのだから、気が付いてくれてもいいのに!と眉を寄せた。
「もう〜今日の為に新しい浴衣にしたのに!」
「え?ああ、そうか。そう言えばそうだね」
 立ち上がって両手を腰に当てて言う彼女を、呆けた様に見ながら、鬼太郎は間の抜けた返事をした。
 女の子の服装など、特に気にしたことなどないのだから無理も無い。しかも夏祭りだというのも、朝から父が出掛けて以降すっかり失念していたのだった。
「ね、早く行こう!始まっちゃってるよ!」
 ネコ娘は急かす様に彼の手首を掴むと軽く引いた。なすがままに鬼太郎は立ち上がると、そのまま少女の勢いに乗せられてしまうのだった。
既に陽も落ち、爽やかな夜風がさらさらと草を揺らす。すっかり消えた迎え火が一筋の煙を残し、二人を見送っているかようであった。



             ■         ■          ■



 妖怪横丁商店街は、既に祭り一色に染まり賑わっていた。丁度小豆洗いの饅頭屋の店先まで来ると、横丁商店街の揃いのはっぴを着ている目玉の父が、仲間達と楽しげに談笑している姿を見つけた。
「おお!待っとったぞ!もうすぐ広場のやぐらの方で盆踊りが始まるらしい。行っておいで」
 息子の姿を見ると、父は嬉しそうに体を揺らしながら言う。この所、家での話題は横丁祭りの事ばかり。周りから意見を求められてはアドバイスをし、実質的には実行委員のような立場だった。鬼太郎は苦笑しながら
「今来たばかりなんですよ。僕は父さん達の手伝いをします」
「いいんじゃ、いいんじゃ。わしはここで屋台の店番をしておるでな。ネコ娘、一緒に遊んでおいで」
「いいの?親父さん」
 目玉の父はネコ娘に手招きをすると、そっと耳打ちする。
「お前さんが誘わなきゃ鬼太郎は動かんからのう。頼んだそ」
「はい!了解でーす」
 にっこり微笑んでVサインを出すと、早速鬼太郎の背を押しながら
「ほらほら遊びに行こう、鬼太郎〜」
「え、え?ちょっと待ってよ、ネコ娘」
「これ、鬼太郎!ネコ娘の浴衣を褒めてやらんか!」
 目玉の父は、相変わらずの野暮天の息子に向かって発破をかけるが、遠ざかる二人には残念ながら届かなかったのだった。


           □              □              □


 ネコ娘は夜店の金魚掬いを見つけると、途端に惹かれて挑戦することにした。無関心そうな鬼太郎とは好対照だ。
「採ってどうするの?もしかして食べるとか?」
「もう!いくらネコ妖怪だからってそんなことしません!」
 軽口を言われて少々ムキになってしまう。
しかし、意気込みとは逆に、ほんの数回でポイは破けてしまった。悔しがる彼女の様子を見かねて、背後に立っていた鬼太郎は隣にしゃがんでから
「ねえ、ネコ娘。この金魚掬えたら僕の言うこと、きいてくれる?」
「う、うん。いいよ」
意味深な笑みを浮かべて言う彼に、内心戸惑いながらも頷く。そうして鬼太郎は素早く器用に三匹掬い上げてみせた。
「わあ〜すごーい!上手だね、鬼太郎!」
 はしゃぐネコ娘を見ながら
「それじゃ、約束守ってね」
 手持ち用のポリ袋に入った金魚を渡しながら、一言。
「じゃあ、三日後に地獄岩の前だね」
「三日後?何かあるの?」
 きょとんとして聞き返す彼女に重ねて
「金魚、大事にしなきゃダメだよ。小さくても生きてるんだから」
「もちろん、大事に飼うよ。ありがとう、鬼太郎」
 さりげない優しさに、ネコ娘はいつもより暖かい気持ちが溢れてくる。
「・・・浴衣、似合ってるよ、ネコ娘」
 何気なくポツリと小さな声で言う鬼太郎に、今日だけは素直に感謝しようとしみじみ思うのだった。


            ■               ■              ■



 鬼太郎に言われた通り、ネコ娘は再び地獄岩の前へ向かった。やはり今日は『地獄の釜が閉まる日』の送り火をするのだ。
 約束していたとはいえ、もう一度同じ時間を過ごせることは、有意義なことなのかもしれない。
ネコ娘は先に来ていた鬼太郎に、横丁から貰ってきたオガラを渡した。そしてこの間と同じように、二人で並んで炊いた火の前でそっと手を合わす。
「ありがとう、ネコ娘」
 それは約束を守った故の感謝ではなく、こうして付き合ってくれる存在があることへの言葉。
「閻魔大王様、明日からまた忙しくなるね、きっと」
「ああ、そうだな。でも僕達の事いつも見守ってくれてるさ」
 鬼太郎は、いつの間にか供えられていた野菜の山を見ながら、今までの出来事を静かに振り返るのだった。







                                                終わり





ゲスト原稿でしたので少し隠し気味にしました








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