かん てん じ う
淡雪の如く 〜干天慈雨の恩〜
毎年この時期になると、妖怪横丁ではとある行事が行われていた。
寒の入りに合わせて、各家々から食べ物を持ち寄り冬眠をはじめた妖弧達へ供え物をするので ある。
秋の収穫への感謝を込めて、妖怪神社の峯までの道のりを歩きながら
「おきつね様にさしあげそうろう〜!」
と声を掛けながら進む。妖怪達の連なりは、さながら冬の百鬼夜行の如く、粛々と行われている行事である。
町内会の有志の面々が、賑やかに支度を調えているところへ、まるきり覇気のない雰囲気を漂わ
せながら鬼太郎の元へ近づいてきたのはねずみ男だ。
「ちぇっ、余所のもんに食い物分け与えるんなら、オレ様によこせってんだよ」
ふてくされて、そんな悪態をつく態度に対し、鬼太郎は苦笑した。
「何を言っておる!わしらがこうして無事に冬を越せるのも、妖孤達のおかげじゃ。人間のようなせせこましい
考えでどうする!」
間髪入れず、息子の髪から顔を出した目玉の父はそんな不心得に一喝する。
「終わったら、恒例のけんちん汁の炊き出しがあるだろ?それまで待っていればいいよ」
さらりと受け流して答える鬼太郎に、ねずみ男は首をすくめた。
「ま、せいぜい頑張ってちょうだい。寒いのはカンベンだぜ」
「ははは、いいよ。期待してないから」
「あら、冷たいお答え」
二人らしい軽口の言い合いも済んだ頃、大風呂屋敷の前には集団が出来上がる。
「鬼太郎、行くわよ〜!」
ネコ娘は大きく手を振って、呼びかける。油すましの簡単な挨拶をの後、早速出発したのだった。
* * *
ゲゲゲの森の方角から、しばらく歩いたところには何本かの分かれ道がある。その道しるべから右折したところには、
木で仕切られた階段上の山道が続いていた。
有志の中で、先頭を歩くのは油すましである。
「おきつね様にさしあげそうろう〜!」
後ろから元気な声が響き渡る。自然に満ちた森であるから、けして歩き易いという事はないが、去年にはあった雪も
積もっていないおかげで随分視界も良好だ。
「ね、鬼太郎は何持ってきたの?」
しんがりを務めている鬼太郎へ、すぐ前を歩くネコ娘は振り返りながら訊ねた。
「うん・・・栗の実が大分あったから、それにしたよ」
「私はおにぎり。ろく子ちゃん達と作ったの」
「そうか・・・きっと喜ぶよ」
「うん!ありがとう、鬼太郎」
短い会話を交わしながら、皆はぐんぐんと丘の上を登っていく。
やがて小ぶりの祠(ほこら)が点々と道に鎮座する小道まで出た。もうすぐ妖怪神社に到着出来そうだ。
「ん?」
不意に鬼太郎の妖怪アンテナが反応を示した。横丁の仲間とは違う妖気が微かに感じ取れる。悪意ではないのは
すぐに分かった。
「ごめん、ネコ娘。みんなによろしく言っといてくれ」
「え?どうしたの、鬼太郎」
慌てて列から離れる鬼太郎に、ネコ娘は驚いて声を掛ける。しかし、彼の姿はすっかり消えていたのだった。
「確かに、この辺りだと思ったんだけどな・・・」
そう呟きながら、鬼太郎は妖気を辿っていく。時折吹く北風は、その先を指し示すかのように向かい
風となって背中を押しているようだ。
はっと気が付けば、目の前にぼんやりと光に包まれた狐が現れた。
「妖弧・・・?」
思わず呟きながら、一歩近づく。けれど、神々しい光は近づくほどに遠のくように収縮し始める。
鬼太郎は遠慮がちにしゃがむと
「僕を呼んだのは君だね?」
やんわりと訊ねると、狐はさらに力を弱めていく。声を掛けてしまったのが悪かったのだろうか?とどきりと
しながらも、じっと見守るとこにした。
<そうです・・・わたくしの子供をお助けください>
張りのある凛とした声が直接心に響いてきた。妖弧らしいその獣は、心話が使えるのであろう。幽霊族で
ある鬼太郎に助けを求めてくるのも、それ故だからなのだろうか。
<わかりました・・・でも僕に出来るんですか?>
<わたくしの子供が、もう何日も病気で苦しんでいるのです。ですが、わたくしの力ではどうすること
も出来ず・・・人間の里まで行っても、猟師に追われ食べ物も尽きてしまいました。今日、あなた方のお供え
を頂こうかと思いましたが、それは長老様へすべて捧げるもの>
<いや、あれは妖弧たちの皆にあげるんですよ。長老様だって話せば分かるはずです>
鬼太郎はぐっと頷いて見せたが、妖弧は悲しげに首を振った。
<お恥ずかしい話なのですが・・・私は一度妖弧の里から離れた身。おいそれと戻るわけには参りま せん>
「・・・分かったよ。僕を案内してくれ。供え物は分けてもらうように油すましに頼んでみる。それに、僕の家には
よく効く井戸仙人の薬もあるんだ」
鬼太郎の頼もしい言葉に安心したのだろうか、妖弧はぽろりと一しずく涙を零した。
息子達の会話を肌で感じていた目玉の父は、顔を出すと
「そうじゃ、ワシらに任せなさい」
「父さん、急ぎましょう」
鬼太郎は妖弧の向く方向へ歩き出す。ともかく今は彼女の子供のことを第一に考えよう・・・そう思いながら森の中
へと急ぐのだった。
